福島県伊達市民の声・島明美さん

  
  

  消費者レポート No.1642 2021-2-20

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「真実を知りたい、知ってほしい」

―宮崎・早野論文の不正を暴き、埋もれた伊達市民の声を発掘・保存するー
      個人被ばく線量計データ利用の検証と市民生活環境を考える協議会代表 島明美さん

 忘却圧力に対抗する力は何よりも、事実を明らかにし記録し知らせること。本来メディア、ジャーナリズムが担うべき仕事を1人の市民がこつこつと続けています。島明美さんは、放射線量の高い福島県伊達市に住み続けるために除染の必要性を訴えてきました。しかし伊達市は、国の除染基準・年間Iミリシーペルト超を大幅に上回る年間5ミリシーペルト超という独自の基準を設けたのです。なぜ伊達市だけが緩い基準を設けたのか。島さんの疑問はそこから始まりました。

なぜ伊達市だけが緩い基準を?
―伊達市の7割もの地域が除染対象外となったのはなぜでしょうか。

 除染にお金をかけたくなかったからです。避難や移住もさせずに市民を納得させるには、放射能の怖さを知らせないこと、基準以下は大丈夫と思い込ませることです。基準を高くすれば、それ以下は心配しなくて良いことになります。伊達市は6万全市民に外部被曝線量を積算するガラスバッジを付けさせました。被曝量が低く出るガラスバッジのデータで市民を安心させようとしたのでしょうか。しかしほとんどの市民は何のために付けるのか説明されず、規定の装着も守っていませんでした。  他市にないガラスバッジの着用や他市より緩い除染基準はどうやって決まったのか。市役所や国に説明を求めると、「一住民の疑問には答えない。有識者の意見なら聞く」と言われたのです。有識者より住民のほうが事情を知っているし、住民の意見を聞くべきなのにと憤りが湧きました。

結論を出すための実験場

 そこから自分で調べようと情報公開制度を利用し始めました。伊達市が実施したホールボディカウンターの個人情報があまりにそっけなく、開示請求したら結構なデータを人手できたのです。それを皮切りに疑問に思うことを調べていくうちにわかってきたことがありました。

 それは、伊達市の除染政策は国のパイロット事業に位置付けられ、5ミリシーベルト以下は除染しなくても良いという結論を出すための実験場、私たちはモルモットにされたのではないかという疑いです。2011年7月に市政アドバイザーに就任した田中俊一氏(のちの原子力規制委員会委員長)が道筋を作ったのだと思います。彼は、当時の菅政権が除染基準を年間1ミリシーベルト超と決めた時に、年間5ミリシーベルト超を基準にすべきと主張し、その後も国内外で基準の緩和に向け言及し活動しています。

―市民は実験台にされたとは知らなかったのですね。

 今でも気づいていない人はいますし、気づいても自分が実験台にされたとは認めたくないでしょう。私は調べるうちにこれは伊達市だけの問題ではないことに気付きました。私たちの被曝線量データが、国やさらにはICRP(国際放射線防護委員会)の被曝防護基準の緩和に利用されていることを知ったのです。つまりこれは過去の問題ではなく、現在とこれからの問題ということです。  島さんは、伊達市民の被曝線量データを解析した宮崎・早野論文に不正があったことを、18年12月東京大学へ、19年1月福島県立医科大学へ調査申し立てしました。論文に疑問を待った高エネルギー加速器研究機構名誉教授の黒川眞一さんから論文の検証を持ちかけられ、市民の立場から情報公開制度を使って調査したのです。

被曝影響を過小評価するための論文

−論文をどう受けとめましたか。

 驚きました。データの活用に同意していない人の情報も使われていましたし、そもそも6万人のデータ収集が論文に使われることは市民に知らされていませんでした。内容的にも、市が提供していない年のデータが解析対象になっていたり、高い放射線量が意図的に外されていたり、不正や捏造が随所に明らかになりました。被曝影響を過小評価し、除染は必要ないという結論を導き出すためだったのでしょう。論文の名に値しないと、複数の研究者が批判論文を出す事態になりました。

 このような論文の作成を誰が依頼したのか。14年10月のパリで聞かれた放射線防護・原子力安全研究所(IRSN)に宮崎氏、早野氏に同伴した仁志田昇司市長(当時)からではないかと目されています。しかし個人情報の管理だけが問われて、処分されるのは担当部署の3人だけの予定です。私たちはトカゲのしっぽ切りに終わらせないつもりです。

 問題の本質は、この論文は誰の利益につながるのか。早野氏が論文作成前に、あの田中氏にこの解析データを渡したことがわかっています。この宮崎・早野論文を根拠に、国は放射線防護基準を見直そうとし、ICRPも今春には現状より緩くした防護基準を発表しようとしています。伊達市は除染計画と被曝防護を正当化し、国は費用が掛からない除染なしの帰還を国民に促し、ICRPは福島の事故を利用して原発利権の延命を図るという構図が見えてきました。

情報公開制度をもっと多くの人に

−情報開示請求しなければ闇に埋もれてしまう事実があるのですね。

 最初の頃は、触れてはいけないことに触れてしまう怖さがありましたが、やはり知りたい。なんで除染しないの? なんでこの基準なの? と納得できる説明を求めていくと調べずにはいられない。もっとみんながこの情報公開制度を活用すれば、一部の人が不正を働くことも防げるし、市政も市民参加で活性化するのではないでしょうか。誰でもできる方法ですし、多くの人に活用してもらいたいですね。

 また黒川さんと共同研究を進める中で、専門家の力を借りることの重要性も実感しました。有識者の言う事しか聞かないという国の姿勢は間違っていますが、市民はもっと有識者とつながって、自らも調べ、自ら行政へ要望を伝えるべきだと思います。

 いま情報公開制度を使ってもう1つ力を入れているのが、14年の伊達市長選の時期に、当時の仁志田市長が実施した除染についての住民アンケートの保存です。最後の開示から5年間開示請求がないと廃棄されてしまうことがわかり、廃棄直前の20年12月までに約2万5000枚分を開示することができました。

苦しみを訴える声を埋もれさせない

 除染しないと言っていた仁志田市長が市長選を前に「除染して復興加速」と言い始め、選挙告示日に1万6000世帯にアンケートを配布したのです。回答したのが3割程度(4866世帯)だったことから、市長は再選後に「除染は必要なし」と開き直りました。

 でもその内容を見てみると、除染されない中で暮らし続けなければならない理不尽さ、苦しみを訴える声が溢れていました。これは貴重な歴史的な資料だ、埋もれさせる訳にはいかないと思いました。保存運動を呼びかけ、コピー代約30万円は高木基金や個人のカンパで賄いました。

 これは本来伊達市の税金を使って集めた貴重な資料です。調べるうちに、このアンケート実施事業が10ヵ月間で約2億円の随意契約として電通が請け負い、パソナなどに再委託していたことがわかりました。この巨額な費用の根拠も調べていきたいと思います。

−島さんはいったい何と闘っているのでしようか。

 いのちを脅かす経済優先の社会、そこで生きていかざるを得ない不条理と闘っているのだと思います。だってこの社会で私たちのいのちを諦めるわけにはいきませんから。

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